猫との共存について語ってみる。
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晴乃輔

Author:晴乃輔
4匹の猫を天国へ旅立たせ、4匹の老猫と今も暮らしている私の猫狂的生活


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大家族


一番賑やかだったのはやはりこの頃。我が家で生まれた子ニャンコたちがだんだんやんちゃになってきたとき。

PIC00005.jpg


右から紹介。
一番右は子育て放棄中のモモ。その隣、尻尾だけ見えているのがイチゴ、ふさふさのジョー叔父さん、まだ一歳半で成長途中の梅、ちまっと見えるのがスイカ、子猫たちより半年お兄さんのチェリオ、昔も今も大の仲良しのバナナとミカン。性格がよく出ている。出窓に乗せられた子猫はあぶなっかしいのにママは知らん顔。子猫ほったらかしでおくつろぎ。パパやおじちゃんたちはとても心配そう。モモは10日くらいで子育てをしなくなり、私が押さえつけて母乳を飲ませていた。限界が来るとおっぱいにぶら下がる猫を蹴飛ばしてどこかへ言ってしまう。いつもその様子を見守っていたのがチェリオさん。すぐにママ猫の位置に横になり、子猫たちに吸い付かせていた。子育てはチェリオがやってくれた、と言っても過言ではない。おっぱいの位置がはげになるほど頑張ってくれた。男の子なのに。

PIC00006.jpg


子猫たちが9ヶ月になるともう人間の居場所はなかった。ソファはいつも満員御礼。

今度は左から。
ジョーおじちゃん、やはりおくつろぎのモモ、スイカ、イチゴ、ミカン、すでに巨大猫の片鱗を見せるバナナ、お尻だけ写ってるチェリオ、毛色がやたら濃い梅太郎。ラグドールは巨大な種類の猫で、2~3年掛けてゆっくり成長する。期待通り9ヶ月でもバナナとスイカは大人の猫と変わらなかったし、梅もここからまだ一回り大きくなった。スイカはこの写真を撮った二週間後、病院で殺されてしまった。そのスイカの分もすくすくと育ち、バナナはもはや猫とは言えない大きさ。いつの間にかパパより大きくなってたんだね。







2008⁄02⁄07 02:16 カテゴリー:猫狂的生活 comment(2) trackback(0)
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鬼退治


梅は我が家の猫を次々と襲う、憎い鬼たちを連れて旅に出た。鬼が島に寄ってから虹の橋を渡るから、先生が3~4時間、と言っていたのに、23時間も掛かった。偉いね。よくがんばってくれたね。

リンの数値が下がり始めた、ここ最近で一番元気な姿を見せてくれた、でも痙攣が起きた。喜びたいけど喜べず、翌日無事に面会出来るのか心配で仕方がなかった。眠れないまま朝になって、午前7を過ぎた頃、一瞬うとうとしたようだ。枕もとの電話で飛び起きた。いつもは玄関に置きっぱなしの携帯を、この日は枕元に置いていた。予感があったのかもしれない。

顔だけ洗って10分後には病院にいた。駆け込むと他の先生が待っていてくれて、すぐに奥に案内された。K先生が梅に話しかけている声が聞こえた。痙攣が止まらず、目を見開いて身体をつっぱり、全身で最期の戦いをしている梅がいた。深夜に再び痙攣を起こしたが、処置をせずにおさまったらしい。でもすぐに大きな痙攣がやってきた。K先生は一晩中梅に付き添い、私が命のある梅に会えるように処置を続けてくれたらしい。頑張って家に帰ろう、と梅を励まし続けてくれたのだろう。

「こんな状態を見ているのは可哀相だと思います。でも梅ちゃんに今必要なのは、酸素でも薬でもなく、家に帰って家族のそばにいることです。後悔しないためにも、今すぐ梅ちゃんを家に連れて帰ってあげてください」

家を出る前に母からも連れて帰って来てあげて、と言われていたし、私もそのつもりだった。身体がつっぱり、キャリーに入れることも出来ない。先生がバスタオルに梅を乗せ、毛布にくるんで車の助手席に乗せてくれた。私はそんな状況のときなのに、何故かここ数日分の治療費を払ってないことが気になった。「入院の費用がまだ・・・」と言い掛けたとき「そんな心配はあとでいいんです。とにかく急いで!」

梅は無事家に帰ることが出来た。車から降ろし、待っていた母上に梅を渡した。車庫に入れて家に入ると、母上は泣きながら梅を抱っこしてあやしていた。「梅たん、初めて抱っこさせてくれたねー」ピクピクと痙攣している梅をしばらく抱いていた。そして私はおにーに連絡をした。私たちは仕事とそれぞれの実家の事情で、一緒には暮らしていない。だからおにーは通い状態である。この日はサーフィンに行く予定だったけど、あまりにも寒いからやめちゃった、と言っていた。おにーが来るまで頑張れるかわからなかったが、すぐに家を出るというおにーのために、梅を励まし続けた。

何度か大きな痙攣もあったが、梅は持ちこたえてくれた。おにーが玄関を入ってくる音がした。ドアを開けたおにーはもう泣いていた。いつもそうである。母上もおにーも、梅には懐いてもらえないから、このときばかりは、と撫で回していた。みんなが揃って梅は落ち着いてくれた。昏睡状態とはいえ、目を閉じてくーくーと寝息を立てて眠る梅は、何の苦しみもなく、とても幸せそうに見えた。私たちの気持ちもラクになり、みんなで梅を囲んでおにぎりを食べる余裕もあった。そんな時間が12時間続き、少しずつピクピクと弱い痙攣を起こし始めた。私はおにーに、今のうちに帰るように言った。翌日に用事があるため、帰らなければならなかったのだ。だから看取れないなら、苦しむ姿でなく、リラックスした姿を最期にして欲しかった。おにーが梅の顎を撫でると、顔を持ち上げ、気持ち良さそうにしてくれた。意識などとっくに無いはずなのに、顎だけは撫でると嬉しそうにすることが何度かあった。その姿を見ておにーは満足し、帰っていった。

日付が変わらなくても、梅は節分の日に旅立ったことにしよう、と決めていた。誰もがすぐに思い出せる日だ。でも本当に日付は変わり、徐々に痙攣が強くなった。いよいよ大きな痙攣が来た。歯をカチカチ鳴らし、鳴き声もあげた。でも持ちこたえた。3度の痙攣をまたもや乗り越え、梅はまた落ち着いてくれた。母上に少し休むように言って、私は梅にぴったりと寄り添い続けた。話しかけ、撫で続け、とても幸せな気持ちになった。午前5時を過ぎた頃、梅が三回鳴いた。私が良く知る梅の声だった。

「さよなら、って言ってくれたんだね」

私の言葉通り、梅は最期の戦いの準備を始めた。ごく弱い痙攣を繰り返した。触ることで刺激したくなかったから、痙攣のときにはあまり強く撫でないようにしていた。でも最期の戦いは梅の隣に横になって、左手で梅の頭を撫で、右手で身体をさすったり、軽くトントンと叩き続けた。普段、一緒に寝るときにやっていたことだ。梅は弱い痙攣を繰り返した。そして長い痙攣がやってきたが、ピクピクと身体を動かすくらいでおさまった。いよいよだ、という時になって初めて何度か頭を降り始めた。身体を起こし、梅から少しだけ離れた。もう止めないよ、もう逝っていいよ、あとは一人で頑張るんだよ、と声を掛けた。

最期の数時間は私一人で梅に寄り添った。梅も喜んでくれた。だから最期の戦いの痙攣は弱いもので済んで、梅はあまり苦しまずに逝かれた。私はそう信じている。飼い主が自分の都合よく考えても梅は怒らないだろう。だからそう信じている。みんなのいる虹の橋で、今頃はご飯をたくさん食べているだろう。長い戦いを覚悟したのに、それは13日で終わってしまった。自分の生活環境の中で、どうやって梅の治療を続けていくのか、毎日のように悩んでいた。梅は私をラクにしたかったのかな。

さすがに一年で3匹を見送ると、家の中が涼しい。モモがいなくなった家に慣れた頃に、イチゴがいなくなって、その空間に慣れないまま梅がいなくなった。全員年寄りなのだから、と思っていてもさすがにダメージは強い。

私が24歳のとき、我が家は事故が多発した。私が通勤途中、駅の階段で突き飛ばされて複雑骨折、父がゴルフ場でボールを頭に受けて倒れる、妹がスキー場で初心者に体当たりされて怪我、母上がバイクと接触事故、私が買った初めての新車、骨折中で運転出来ない私の代わりにおにーが運転したが、納車になったその日にトラックに突っ込まれた。そして兄が交通事故に巻き込まれて亡くなった。これだけのことが二ヶ月と少しの間に起きて、兄のお葬式のときにお坊さんとその話をした。「仏様に災難を持って行ってもらいましょう」と、お坊さんが人の形をした人形を棺に入れるように言った。不幸や災難をその人形に背負ってもらい、兄に持っていてもらう、ということらしい。その効果なのかどうかはわからないが、事故続きだった我が家は平和に戻った。

そのことを思い出し、家の中を見回すと、テレビの上に木彫りの猫の置物があった。私は梅にお願いして、その猫の置物を一緒に持って行ってもらった。これでしばらくの間は、我が家の猫に病気が襲い掛かることはないかもしれない。だがそれ以前に、春になったら今の猫たちを順番に病院へ連れて行き、血液検査を受けてもらう。老猫が4匹いたら、あと1~2匹は腎不全になっている可能性は高い。症状が出る前に見つければ、やってあげられることは梅のときよりも多い。梅に学んだことだ。

梅を見送り、他の猫に報告してカーテンを開けると雪景色。節分の朝、真っ白な雪景色の中を旅立っていった。印象的な旅立ちをしてくれた梅に感謝しよう。応援してくれた人、常に私を前向きにしようと努力してくれた病院の先生、梅を私の元に返してくれたK先生、一緒に最期を戦ってくれた家族、みんなに感謝。

梅ちゃん、なんか疲れちゃったよ。おねーも少しゆっくり休むけど、梅は許してくれるね。おねーがいないと生きていかれないんじゃないの?というくらい、おねーが大好きだった梅も、最期は立派に旅に出られたね。でも次に会えたときには元の甘ったれの梅たんに戻ってくれていいんだよ。それまで待ってておくれ。







2008⁄02⁄04 02:13 カテゴリー:梅さんは行く comment(3) trackback(0)
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退院


梅さんが退院してきた。
お帰り~。

家に帰っても緊張状態。
一時間ほどでようやく落ち着いた。
それからかなり長い時間、ぐっすり休んだ。

空腹の限界か?!

梅さんは美味しいご飯をたくさん食べるため、
元気に虹の橋を渡って行きました。

先生にはあと3~4時間、と言われたのに、
梅は23時間も頑張ってくれた。
ずーっと一緒にいられて幸せだった。
よく頑張りました。
ゆっくりお休みなさいね。

とりあえずご報告。
梅と一緒に少し休みます。





2008⁄02⁄03 07:00 カテゴリー:梅さんは行く comment(2) trackback(0)
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