猫との共存について語ってみる。
ブログ内検索


プロフィール

晴乃輔

Author:晴乃輔
4匹の猫を天国へ旅立たせ、4匹の老猫と今も暮らしている私の猫狂的生活


▲pagetop

スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。






--⁄--⁄-- --:-- カテゴリー:スポンサー広告
▲pagetop








モモがやってきた日


モモは1993年6月、小雨が降る日に我が家にやってきた。キャリーの中にいれ、車で家に向かったが大騒ぎだった。先住のジョーが、ペットショップからノミをもらってきた。その完全駆除のために、モモはいきなり実家へ連れて行かれた。ジョーは動物病院で処方された駆除薬を首に塗り、身体のノミはいなくなっていたから一緒に連れて行った。留守中に家人が家にバルサンを炊くことにしていた。

いきなりの長距離移動。ブリーダーさんのところからマンションまでは大騒ぎ。更に数分のインターバルで実家に移動。モモは大丈夫だろうか?と心配になった。さっきは大騒ぎだったケージも今は静かだ。私は心配になってそっと蓋を開けて中を覗いた。モモは大股開きの大の字でぐーぐー寝ていた。

「こりゃ大物だー」

と嬉しくなり、安心して実家へ向かった。生後二ヶ月にもならない猫がやってくると知って、オヤジは朝から待ち焦がれていたらしい。玄関に出迎えてくれ、私からキャリーを奪い取った。蓋を開けると同時に飛び出したモモさん、リビングからキッチン、キッチンからリビング、飛び乗れるとこ、駆け抜けられるところ、全部を走った。走る走る。誰にも止められない。私も家族も黙ってみているしかなかった。そして自分でトイレを見つけ、大量のオシッコ。その時のモモはぜーぜーと息切れをしていた。それで落ち着いたのか、モモはトコトコとやってきて、リビングのテーブルに飛び乗った。そしてさっさと丸くなって寝てしまった。

笑うしかなかった。おっとりしたジョーと違って、過激なモモちゃん。
しかしこのジョーの行動もまた面白かった。子猫だとわかるのだろう。
気になって仕方がないらしく、モモが寝るとそーっと近寄ってちょいちょいっとつつく。モモが目を開けてシャー!っと言おうがおかまいなし。モモが動き出せばその後ろをついて回る。小さいから目を離すときはケージに入れるが、ジョーはそのケージの中にモモがいるときはそばを離れない。半日ほどで二匹は仲良くなってくれた。

実家にいた一週間でじーちゃんに甘やかされ、我がままやりたい放題になったモモちゃんだったが、その滞在中にジョーが去勢手術で入院したときは、誰が呼んでも知らん顔するほど落ち込んでいた。ジョーが帰ってくるまでご飯も食べなかった。

気が強いモモは、自分の気分が乗らなければ他の猫は相手にしない。近づいてくれば「あっちいけ!」と、文句を言う。しかしジョーにだけは一度も文句を言ったことがない。義理と人情に厚いモモちゃんなのだ。

モモは今日も元気だ。夜中に目が覚めたらモモが枕元で寝ていた。朝方は反対側の枕元にいた。9時頃、モモが私のわき腹に寄りかかって寝ていた。屋根裏のハシゴもしばらくは昇れなくなる。私はモモと一緒にベッドの上にいたくて、昼近くまでモモとダラダラ過ごした。おそらく私がまたウトウトしていたのだろう。顔にボスッ!という衝撃があって目を覚ました。

「いつまで寝てんのよ!腹減ったじゃない!」

今日も朝から元気なモモだった。




スポンサーサイト



2006⁄07⁄31 01:06 カテゴリー:桃色日記 comment(0) trackback(0)
▲pagetop








何かを感じている?


モモが寄ってくる。
いつも寄ってくるが、昨日からしつこい。
私が一階にいても階段下まで呼びに来る。
モモのちょっとした変化が気になって仕方がない。
私がパソコンをやってると周りでウロウロしているのが、
今は足元で大人しく熟睡している。
なんらかの兆候が現れて来たのだろうか。
それともモモ自身、何かを感じ取ったのだろうか。


今日、再び病院へ行った。今度の病院は先生が4人いる。ふたつの診察室から顔を出す先生はこの前と違う。うーん、なんか面倒なことになるかな?と心配になった。今日は土曜日だからか満員御礼。かなり待たされた。しかしモモは騒ぐことなく大人しくバックの中にいた。


「モモちゃん、どうぞ。」


男の先生だ。それほど歳ではなさそうな感じ。私は一から説明するつもりで話をしようとしたが、


「じゃ、ボクにもちょっと見せてくださいね。」


と言って、モモをバックから出した。ああ、カルテを見ればわかるってか。そしててろん、とお腹を出したモモちゃんの診察が始まった。モモは今回もおりこうさんである。時々先生の顔をクンクンするくらいで、黙って診察されていた。


「うーん。やっぱり大変だけど取ってあげたいね。」


あれ?話が通じている?


「大変だけど出来れば手術してあげたい子がいるって、M先生から相談受けてたんですよ。」


この病院では要注意の動物はきちんと申し送りされるそうだ。だからどの先生でも対処が出来るようになっていると言われた。私は嬉しくなったよ。今まで一人で一杯一杯になっている先生にしか診てもらったことがなかった。


「うーん。麻酔の心配もあるでしょうから二人で執刀します。手術、どうします?」


私はお願いしたいと言った。先生にインターネットで調べて色々わかったということも伝えた。様々なリスクを承知で、体力があるうちに気付いたことと、こんな状態でも手術をしてくれるという病院に来たことは運が良かったんだ、と思うことにして手術を決意しました、という私の言葉に、


「術後、かなり痛がると思うんですよ。多分しばらく歩けないくらい。ちょっと無理な形で皮膚を縫合することになるので。それでもモモちゃんにとっての余生ははそのほうがラクだと思うんです。よく決心しましたね。」


先生の言葉を信じよう。信じるしかない。私は自分がモモの腫瘍に気づいてから、留守にしている間に破裂してるのではないか、自分が眠っている間に破裂するんじゃないか、今はそれが心配で仕方がない。手術が出来れば術後しばらくは私も大変だと思うが、それでも後に私の負担は軽くなるのではないか、と思う。


手術の日程を決めてから、先生に言われた。


「ただし、術前のレントゲンですでに臓器への転移が見られたら手術はしません。もう手遅れというより、臓器へ転移がある場合は無理に腫瘍を取ると一気に肺に転移することが多いからその場合は残して温存治療をしたほうがいい、ということです。」


手術をお願いしたものの、今も迷いはある。本当にこれで良かったのだろうか。しかし本気で決心することが出来ないなら、先生のこの判断はありがたいかもしれない。手術後苦しむモモを見ることになるのなら、モモはまだ臓器への転移がないということだ。しかし臓器へ転移していれば、それはそれでつらいことだが、今すぐにモモが苦しむ姿は見ずに済む。今後どうするかの本当の決断は先生任せになるが、出来るなら手術をして欲しい、という私の精一杯悩んだ決断はもう先生に伝わっているのだから、あとは二人の先生が決めてくれるだろう。


当の本人。今日も病院が楽しかったのか、機嫌がいい。しかし甘えてくる頻度が多い。階段下までモモが迎えに来ることは少ない。モモは上から私を見下ろして「遅かったじゃないの!」と文句を言うのが習慣なのだ。でも昨日くらいから頻繁に呼びに来る。


「はいはい。上に行こうね。」


私が階段を昇るとトットコトットコと着いてくる。ああ、こんなところにモモの変化があったんだ。モモは私を追い越す勢いで階段を昇っていく子だった。でも今は腫瘍部分がひきつるのか、トットコトットコ、、、という感じで着いてくる。私はモモが迎えに来て2階へあがるときは、モモを抱き上げることにした。手術までこの腫瘍が破裂しませんように。今願うのはそれだけだ。


手術は8月2日。毎週月曜日に帰宅する家人に、モモの元気な姿を見せておいてやりたい。術後のモモがどんな様子かはわからないのだ。月曜日にたっぷり可愛がってもらって、火曜日は私に滅茶苦茶甘やかされて一日を過ごし、水曜日は頑張ってもらいたい。手術が出来ても出来なくても、そこから先は私も一緒に頑張るからさ。







2006⁄07⁄30 00:34 カテゴリー:桃色日記 comment(0) trackback(0)
▲pagetop








モモが一番好き


母親にモモの診察結果を聞かれ、

「うーん。乳腺腫瘍って言って、老猫に多い病気なんだって。おそらくすでにガンになっていて、転移もしてるかもしれない。治ることもないらしい。でも13年生きられたんだからしゃーないね。」


私はあっけらかんとそう言った。母はそれほど猫可愛がりをするわけではないが、やはり愛情は持ってくれているようで、バナナが大病したときなどは、私より母のほうが落ち込んだくらいだ。死の宣告に近いものを受けてきた、という事実を伝えないわけにはいかないが、真の飼い主が「大丈夫。仕方ないさ。」と言えば、そのように受け止めてくれるようだ。


今日、ネットで調べた結果、やはり長くは生きられない、そして私が手術を決意したことを伝えた。それについても、

「なんかさ。いくら無理ってわかっててもさ、あんな元気なモモがこのまま弱るのっていやじゃん?手術してみるよ。どうせ長く生きられないならやるだけやっとけ、って感じ?」

母はそうね、そうね、と明るく答えていた。事態の深刻さはわかってないが、私にはそのほうがありがたいのだ。母がモモの事を考える度に涙を流す、そんな生活はいやだった。落ち込んで苦しんでもがくのは私だけでいい。そのほうが頑張れる。


さてさて。母にはそんな立派な姿を見せている私だが、一人になると駄目駄目である。外出先でボーっとする時間、頭の中は桃色になる。家に帰ってきて、発情しているモモの鳴き声を聞くと「うるさいぞ。ばーちゃん。」なんて言ってたのが、今はその声が「私は元気なのよー」に聞こえてならない。そしてモモと向き合うと抑えきれないものがこみあげてきてしまう。こんなことで戦っていけるのか?と思うが、おそらく今はまだ泣ける余裕があるのだと思う。


今朝目を覚ますと、モモが枕元で寝ていた。いつものことだ。私がモモの背中をなでると、不満そうに「ぎゃ」と泣いた。そしてすぐにゴロゴロと喉を鳴らし、撫でるならちゃんと撫でなさいよ、とこちらを向いた。甘えてくるモモに朝から涙が出そうになった。さっき、乳腺腫瘍について更なる情報を集めていると、モモがパソコンの隣にやってきた。何もしてないうちから喉をならしている。「こらー!邪魔するなー!」と、私はモモの鼻先をはじいたり、耳を軽くかじるのが習慣だったが、今はただただ撫でるだけだ。気持ち良さそうに目を閉じ、身体をくねらせるモモ。


「あれ?いつもは文句言うくせに、どうしたの?」


ふと、モモは不思議そうに私の顔を見つめた。私はモモを撫でながらすでに号泣状態だった。モモは私に顔を近づけ、更にじっと見つめた。そして私の涙をぺろぺろと舐めてくれた。


そういえば、昔から私が本気で落ち込むと、いつの間にかそばにいるのはモモだった。モモは人懐こい。しかし妹が言ったことがある。

「モモは私にも懐っこいけど、おねーちゃん命なんだよねえ。」


猫を飼い始めて、初めて海外旅行へ行ったとき。私はジョーとモモを実家に預け、ハワイを満喫してから帰った。玄関を開けるとすぐにモモが私によじ登ってきた。降ろしても降ろしてもまとわりついてくる。両親が言うには、私がいなくても楽しそうに暮らしていた、ということだが、それでも歓迎してくれるのは嬉しかった。その日はまだ荷物を片付けたりしなければならないから、明日迎えに来る、と私は家に戻った。そして間もなく実家から電話。

「モモが五月蝿いから連れて行く。」

姿を見せた私が実家を後にした途端、モモは玄関先で大騒ぎを続けていたようだ。電話の向こうでも激しい鳴き声が聞こえた。


子猫の頃も、今も、私に愛情たっぷりのモモである。私は猫たちに、みんな大好き、でもスイカが一番好き、と言ってた。早く亡くなったスイカの特権である。バナナが闘病中はバナナが一番好きだよ、と言っていた。今は声を大にして「モモが一番好きだよ。だから頑張ろう。」と言っている。







2006⁄07⁄29 02:33 カテゴリー:桃色日記 comment(0) trackback(0)
▲pagetop








ガーン!


一昨日、モモの後ろ足の付け根におできがあるのを見つけた。膿がたまっているようなツヤツヤした物体。悪いものでなければいいけど・・・という気持ちで、病院の診察時間を調べた。ありゃ。明日は休診。っつーか、1週間も臨時休診???ま、元気も食欲も変わらないからいっか、と思った。でも気付いてしまうと気になるものである。モモの身体を触るのが怖い。


2年ほど前に近所に出来た病院のHPを見てみる。夜間診療もやってるんだなー、歩いていかれるくらい近いなー、我が家の猫も全員10歳越えたし、お世話になるなら近いほうがいい、ちょいとモモの診察も兼ねて行ってみよー、と軽い気持ちで行った。若そうな先生。雰囲気も優しい感じ。モモのおなかをてろっと見せて、すぐに診察結果が出た。


「乳腺腫瘍ですね。」


ありゃ。奇しくも私と同じ病気じゃねーか。
ま、それなら安心か、と思ったのもつかの間だった。


「乳腺腫瘍は犬の場合、悪性の確立は半分。でも猫の場合は9割が悪性なんですよ。」


え?え?え?悪性?こんなに元気なのに?この年齢に多い病気だそうだ。発覚すればほぼ確実に進行性のガン、そして根治治療はかなり難しく、モモの場合は腫瘍も大きいほうだから厳しいでしょう、とのこと。この年齢に多い病気だけど、この年齢だから絶対手術を、とも言えない、と先生に言われた。モモの場合、手術のメリットはガンの進行を遅らせること。でも手術は左右の腫瘍を切り取るから皮膚が引きつり、その傷が治りにくい。手術せずに温存しても腫瘍が破裂する可能性もあるから、ケアは大変になり、ガンは間違えなく進行していくから色々な問題も出てくる。どちらにもメリット、デメリットがある。


私はスイカを麻酔の事故で失ってから、病院不振である。もちろんそのことも話した。それも含めて、温存して様子を見る方法もよく説明してくれたが、


「ちなみにボクの周囲でも、この病院でも、ボク自身も麻酔の事故は過去に例がありません。」


その言葉に、モモちゃんが元気なうちに手術を決意してあげてください、という意味が込められているような気がした。6~7割、手術をする方向で考え始めたものの、その場で決断は出来ず、私は病院を後にした。


いやなことを何もされず、探検の旅に出たからモモはご機嫌であった。
「あ、エサの買出しに行かなければ。」何か美味い物出す?というモモの顔を見て思い出した。ホームセンターで買い物をしている最中に、夏用のベッドが安く売られているのを見た。手術が終わったらしばらくはケージ暮らしだから必要かな、と思った。ケージに入れるモモ専用のトイレも必要になるな、と思った。術後はいつもより少し豪華なエサを食べさせてやりたい、と思った。それらをいつものエサと一緒にカートに入れている自分に気付き、私の心は手術をする方向に傾いているんだな、と感じた。


家に帰って、いつも通り、お帰り~、と出迎えてくれたモモ。こんなに元気なのに、もう治らないとわかってる病気の手術をするのか?という気持ちがまだ沸いてきた。でも元気なモモがただ弱っていくのを見ているのはいやだ、と思った。モモの顔を見て考え込んでいる私に、


「なーにしょぼくれてるのよ!私は元気なのよ!」


と、モモは軽く猫パンチをくれた。元気でまだ手術が出来るうちに見つかったことに感謝するべきなのか。


夜になってネットで早速猫の乳腺腫瘍について調べた。思った以上に悲しい言葉が並んでいた。泣かない、と決めていたがやはり涙が出てきた。モモの大きさの腫瘍だと余命は半年くらい、とあった。治療方法の医者としての意見は、高齢に多いから麻酔のリスクが高まる、根本的に治ることはまず難しいから手術は勧めない、というものが多かった。7割方決まっていた決心がぐらついてきた。


実際に患畜を持った飼い主の言葉も色々とあった。医者のアドバイス通り、手術はせずに温存する人は多い。しかし、猫の容態が悪くなり、なんとかしてくれ、という段階で手術を試みる人もかなり多かった。ほっとけば半年の命、私は黙って見ていられるだろうか。見守ることにして耐えられなくなった飼い主達の悪あがき。私も絶対にそうなるだろう、と思った。やらない、と決めた手術を命が燃え尽きる直前に切羽詰ってやるなら、まだ手術が耐えられる今のうちに・・・。


部屋の隅に積んである新しいベッドとトイレ。見るだけで本当に涙が溢れそうになる。だけど私が泣いているわけにはいかないのだ。モモは今、元気で自分が大変な病気を抱えていることも知らない。おそらく意味もわからず手術をするのは、モモにとっては残酷なことだろう。術後、精一杯可愛がれば「飼い主が優しいからいっか。」と思ってもらえるだろうか。


今年になって発情しっぱなしだったモモ。もしかしてそれが前兆だったのか?何故もっと早く気付いてやれなかったのか。多頭飼いのリスクがまたもや発覚した。後悔は今も尽きない。これからもそうだろう。手術すればよかった、と後悔するのか、手術しなければよかった、と後悔するのか。一生その答えは出無いだろう。でも私はモモが元気で手術が出来るうちに気付いてやれた、と考えることにしようと思う。手術をしないとどの程度ガンが進行しているのかわからない。すでに肺まで転移しているならモモの命は長くない。更に手術のせいで爆発的にガンが進行する例も少なくない。それでも今が元気だからこそ、今から死ぬのを待つのは嫌だ。


先生から言われていたもうひとつの手術。同時に不妊手術をしますか?ということ。その場では、どうせ手術なら一緒に、と言った。しかし、我が家のボス猫であるモモにそれはメリットだろうか。多頭飼いでは病院帰りの猫は社会復帰が大変なのだ。バナナもミカンもこれにはかなり苦労した。子宮を取れば性格は穏やかになる。おそらく我が家のボスはイチゴに世代交代になるだろう。子宮を取っても取らなくても、乳腺腫瘍には影響はないらしい。モモの早い社会復帰のために、私は子宮を残すことにした。どんな治療をしてもそう長くは生きられないのなら、13年間身体の中にあったものを無意味に取り出す必要はないのでは。それよりは麻酔時間を少しでも短くしたいのだ。


モモの病気とどう闘っていくのか。
決断は飼い主である私の責任だ。
一緒に頑張ろう。モモちゃん。






2006⁄07⁄28 01:46 カテゴリー:桃色日記 comment(0) trackback(0)
▲pagetop








猫と暮らすこと


猫と暮らし始めて14年。
スイカを若いうちに亡くした以外は、
平和に暮らしてきた。
バナナが大病を乗り越えて、今も元気なこと、
それ以外の猫はほとんど病気らしい病気もせず、
元気に生きてくれたことに感謝している。

今日、私はモモが病気に犯されていることを知った。
「別れ」も覚悟した上での闘病生活が始まる。
モモの顔を見ると涙が出てくる。
今後のことを考えると落ち込む。
それでも今まで一緒に暮らして来た我が子たちのことや、
これから頑張らなければならないモモのこと、
私が猫と一緒に暮らした証を残したいと思った。

モモの闘病生活や、徐々にやってくるはずの別れ、
そういうことと向き合い、自分が乗り越えるためにも、
私にはこの場所が必要に思えた。
頭で理解しようとしても出来ないこと、
それでも飼い主の責任として逃げられないことから逃げないために。

今までは記録的にしかブログを書いたことは無かった。
今後は同じ病気と闘っている人の参考にもなれば、
という気持ちもあって、出来る限り管理していくつもりだ。





2006⁄07⁄27 23:30 カテゴリー:猫狂的生活 comment(0) trackback(0)
▲pagetop










| HOME |



Copyright © 2006 +++Nekocle Life+++猫狂的生活. All Rights Reserved.

template by nekonomimige & blannoin photo by Encyclorecorder
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。